健やか親子21と日本母性衛生学会

21世紀の1st decade 最初の10年期に際して、厚生労働省が「健やか親子21」というアドバルーンを挙げたことはご存知の通りであります。

母子保健のさらなる向上を「健康日本21」の一部として、「健やか親子21」というキャッチフレーズをアッピールしたわけで、新ミレニアムの母子保健の行動目標として極めて斬新かつ適格な内容であると同時に、母子保健あるいは母性衛生をメインテーマとする本学会としては、その内容そのものが本学会の命題ないしは目標そのものであるわけで、その行動目標に沿って活動し、それをencourageしていくことで、学会の目的も達せられるものと考えております。
母性衛生学会の行動目標は定款第2条に明記されております。すなわち

定款第2条
本法人の目的は、すべての女性の健康を守り、母性を健全に発達させ、母性機能を円滑に遂行させるために母性衛生に関する研究、知識の普及、関係事業の発展をはかり、これらに携わる社員ならびに会員である医師、助産師、看護師、保健師などの技術の向上を図るとともに相互間の懇親を深め、ひいては人類の福祉に寄与することとする。

これを今日的に表現すれば、女性のReproductive Health & Rights の遂行を支援するということになります。このように「健やか親子21」の行動目標と合致するということで本学会も一層の活躍が期待されるわけであります。

ご存知のように「健やか親子21」の4本柱は次のようになっております。

  1. 思春期の保健対策の強化と健康教育の推進
  2. 妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保、不妊への支援
  3. 小児保健医療水準を維持・向上させるための環境整備
  4. 子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減

思春期問題に関して、本学会としては上記のように、保健対策の強化と健康教育の推進に協力して努力することにあると考えますが、私は個人的には思春期問題は「教育に尽きる」と考えております。単に性教育のみではなく、学校における教育、社会における教育すなわち全人教育を国を挙げて実行しなければなりません。昔のような道徳教育をしろとはいいませんが、悪いことは悪いと指摘して、若者を育てて行こうという熱意が国全体に広がることを希望いたします。とくに学校の先生方の毅然たる態度、教育に対する熱意が絶対に必要であります。
妊娠・出産の安全性と快適さの確保については、

  1. 妊娠・出産は可愛い子どもが生まれる楽しい出来事でありたい。
  2. 医療サイドからいえば、100%安全性を確保したい。
  3. その上で、極力快適さを追求する努力が求められる。
  4. さらに、自分で生んだという達成感が欲しい。

安全性については、20世紀の終わりまでに著しく改善され、世界のトップレベルに近ずいております。しかしまだまだ、これでよいというレベルに達したわけではなく、改善すべき余地がまだ多く残っているのが現状であります。

これまでの過程では、安全性を追求する余りに、ガンジガラメの管理分娩が横行し、出産は台の上に縛り付けられ、多くの監視機器に取り囲まれて、分娩経過を調節する「冷たい行為」という暗いイメージが定着してしまった感があります。

これは一つには、一寸したミスから発生する医療過誤が直ちに医療訴訟に発展する可能性が高いという実情を反映して、周産期医療がdefensive medicine 防衛医療化していることに原因があるのは否めない事実であります。
安全性を確保するためには、

  1. 周産期医療の体系化と整備・充実(一・ニ・三次医療機関)
  2. 助産所を含む各医療機関の連携の緊密化
  3. 各施設における企業努力
    1. 施設における快適な環境つくり
    2. 妊娠・出産のケアーに関する改善努力
  4. 周産期医療従事者(マンパワー)の確保と増員しても成り立つような経済基盤の確立

このような条件が必要と考えられます。そもそも周産期医療は母子2つの生命を管理し、出産に当たっては一人の出産経過が平均でも8~15時間を要するという生理現象をケアーし、監視し、遂行に導くという、肉体的にも精神的にも極めて緊張を強いられる労働であることを考えれば、1人の医師と1~2名の助産婦で、24時間の診療を継続的に行う事には無理があるのは自明の理であり、十分な人的要員マンパワーの確保と、それによっても成り立つような周産期医療の経済的基盤の確立が要望されるところであります。

もっと現実的に表現すれば、500~1000のお産を1~2名の産科医と数人の助産師で取り上げて、やっと採算が合うのでは話にならないのでありまして、少なくとも5人以上の医師と10人以上の助産師および看護師がいて、それぞれが当直体制がとれるような診療形態で、十分経営がなり行くことが望ましいわけであります。

快適さに関しては、施設のアメニテイーの改善とか、出産に際してラマーズ法やソフロロジー法を実施するなどの企業努力がなされつつあり、またそのような努力がなされている所では、同時に監視もよいので安全性の向上にもつながって行くという良好な結果が得られているようであります。

不妊の支援は言葉を変えれば、Reproductive Health & Rights の促進ならびに向上ということになろうかと思います。子どもに恵まれない夫婦の熱烈な挙児希望は十分な同情に値します。したがって夫婦というパートナーの間での不妊の解消に向かう努力の支援には最大の努力が払われるべきであります。

しかし現在世間を騒がせている生殖子(精子および卵子)の他人からの供与donationや代理母の問題は、さらに実情を精査し、障害の有無について検討を深めるべきであります。実の子どもですら虐待される事実、子育て経験者なら誰でも思い出すように、夜泣きなどにおいて、処置に困って親が泣きたくなるような経験は決して少ない回数ではありません。多くの理性ある親は、我が子だからとして我慢しますが、もし生殖子をdonation された子どもの場合ならどうするでありましょうか。さらに、より成長した時点で、何か具合の悪い事態が生じた場合、この子は他人の子どもだという観念が親に生じえないでありましょうか。

私はそういう意味で不妊の支援には大賛成でありますが、行過ぎた生殖医療には反対したいと考えております。

小児保健医療水準の維持向上: 20世紀後半における小児保健の進歩は目覚しく、 新生児死亡率ならびに乳児死亡率の改善が、日本の平均寿命の延長、すなわち長寿世界一の達成に大きく貢献しているわけであります。このような小児保健医療水準を維持し、さらに向上させようとするには多くの要因が考えられますが、とりあえず次のような項目についての努力が必要かと考えられます。

  1. PICU、NICUの増設、充実
  2. 従事者の増員確保
  3. 母体搬送の励行(早期の)
  4. 周産期医療施設間の連絡緊密化
  5. 小児医療技術のさらなる進歩

そのような要因の中で、緊急に対策が必要なのは母子保健医療従事者の増員であります。

スライドでご覧になりますように、医師の総数は増加しておりますが、肝腎の産婦人科医と小児科医は減少傾向にあります。また助産師の数も減少してきております。

とくに3Kの職場といわれる新生児科医の希望者が少ないというので、小児科の先生方が悩んでおられますが、おなじようにスライド(産科・産婦人科標榜施設数と医師数)でお分かりのように、産科医療施設数も医師数も減少しており、また助産師の数も減少傾向にあります。これら医師のみならずcomedical staff の方々が余力をもって診療にあたられるようなマンパワーの確保が必要であり、それを可能にするような医療経済基盤の確立が要望されるわけであります。

子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減: 育児不安の解消は一つにかかって教育の一言に尽きると考えます。若い親(夫婦)の教育も必要でありますが、その前に将来親になるべき子どもたちの教育が大切であります。最近多くの若者の性道徳の乱れや、子どもができたのに育児不安や小児虐待が頻発するという現実は、家庭、学校、社会における子どもに対する教育の欠如というか毅然さの不足にあると考えられます。

一方、育児不安にたいする現状での対応としては、周産期医療施設、産科・小児科医療施設、保健センターなどに育児相談窓口を広く開放し、常時相談を受け付ける体制作りが望まれます。

教育という問題では、話は一寸変わりますが、日本青少年研究所の調査では、昨年における米、仏、韓国、日本の4カ国の中学2年と高校2年生徒に対するアンケート調査で、「21世紀は希望に満ちた社会になる」という問いに対して、米国は85.7%であったのに対して、日本は33.8%と最低でありました。また自分への満足度では、学校生活、友達関係、社会全体への満足度など何れも日本は4カ国中最低であり、如何に今の日本の若者が将来に希望をもっていないかという実態が明らかにされております。アンケート調査がどの程度実態を捉えているかは問題がありますが、もっと今の若者に将来に対する期待を与えるような教育を望むものであります。

母子保健の趨勢: 終わりになりましたが、「健やか親子21」の基本的視点として、20世紀中に達成された母子保健の水準を維持し、さらに向上させるという項目があります。
そのレベルの主なものをお示ししますと、

  1. 出生数は120万を僅かに下回っており、出生率は9.4(99)とイタリー並で、世界最低に近い状態であります。
  2. 周産期死亡率はさらに改善して、28週以降の死亡率4.0(99)は世界のトップレベルにあることは大変喜ばしい成績でありますが、今後はさらにintact survival「障害なき生存」の増加が期待されます。スライドの図は妊娠22週以降の周産期死亡数ならびに死亡率を示しておりますが、目覚しい改善ぶりがお分かりいただけると存じます。
  3. 妊産婦死亡数は全国で100を割り、70~80台となっており、死亡率は6.0(99)まで低下してきましたが、まだ5.0以下にはなっておらず、先進国の中でトップレベルとはいえない状態で、さらなる改善に努力が必要であります。
  4. ご存知のように、合計特殊出生率は1.34(99)とドイツ、イタリー並みで世界最低に近く、憂慮される状況であります。これを増やす対策としては、「可愛い子どもを生み育てるのは楽しい」という世の中にしなければならないわけで、若い人がそういう意識を持てるように医療面から努力していくのが本学会の目標でもあるわけであります。

一般社団法人日本母性衛生学会の定款第3条には本学会の目的を達成するための事業という項目があります。

  1. 学術集会の開催
  2. 機関誌の刊行
  3. 学術奨励賞の授与
  4. 母性衛生に関する調査、研究
  5. 母性保健事業に対する援助
  6. 関係諸団体との連絡および提携
  7. 前各号に附帯又は関連する一切の事業

このような観点から「健やか親子21」に対する本学会の具体的取り組みを挙げてみたのが次の項目であります。

  1. 地方支部組織との連携と協力
  2. 母子保健関連諸団体との協力態勢の促進
  3. 学術集会、機関誌を通じて会員の意識増進
  4. 周産期諸問題に関する各職種間の連携強化
  5. 周産期医療ネットワークシステム確立への支援
  6. 不妊治療により生ずる諸問題の解決への努力
  7. 地方支部における思春期の心身保健上の諸問題の是正を図る

今後本学会の会員は、各自の職種に応じて問題解決に努力すると同時に、各職種間の連携作業に留意して母子保健の向上にご尽力賜らんことを節にお願いする次第であります。

元理事長  岩崎 寛和


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